昭和41年05月29日 朝の御理解
昨日久留米の田村さんが御礼に出て見えまして、皆さん御承知で御座いますね。元田村組という公務の工事をなさっておる方で御座います。まあ、九ケ月前に奥さん達ゃみんな大阪の方へ行っております。息子や娘達と行っておりますこちらで今、失敗がありましてから、こちらをたたんで、(?)昨日あちらから立たれまして本当にこちらで、もういっぺん一旗揚げてという気持ちでおったんですけれども、御神意を頂いてからあちらが良いと、あちらでち云う事で参りましたけれども。
まあ、今後ともどうぞよろしくお願いしますと、どうぞあの御信者さんの皆さんにもよろしくお伝え下さいというて立って行かれました。今お届けさして頂いてから、ここで御祈念をなさっております時に、私は思うた本当に私に力があったなら、わざわざ大阪へんにまでも行かんでも、こちらでおかげを頂かれて、こちらで信心の稽古をなさりながら、おかげ頂けよったら良いのにと、私は思うたんです。
そしたらあの神様から頂きます事はですね、大阪の方へ田村さんが行かれると云う事は、椛目の比礼ぞと、椛目の光をそれだけ放つ事になる。遠隔の所まで大阪の地なら、大阪の地という所まで、椛目の光を放つ事になる。夫婦親子あげて信心の稽古をなさっておられる。ですからその事も例えば、大阪の方へまいられましてから久留米(椛目)におった時、お参りさして頂いてから、こういう信心を身に付けてそして。
こういう、おかげを頂いたと云う事がここではなくて、大阪でそのおかげ頂かれると云う事になると、それは椛目の光だと椛目の比礼だと、深い神様の御神意というものは、私共ではかり知れないものがある。ですから、その自覚を持って、銘々がおかげを頂かなければならんと田村さんに申しましたら、非常にご自身も感激して本当にこう云う様な訳で、あちらに参りますけれども。
本当にそれを椛目の比礼になる様な、おかげ頂かななりませんというて、実は二、三日前大阪の方から手紙がまいまして、それから娘さんのゆき子さんという中学校でしたが。あのあちらのこまごめの中学の方の古賀豊と(?)その有名な先生がおられるそうですがね、その先生が田村さん所へ来られて、先日ゆき子さんが行っておる中学校の校長から手紙が来ました。大変でけておりましたが今度もおかげを頂いてからもう、裏口入学しなければならない程の有名中学だそうです。そこのすぐ近所だそうです。
しかもそこにスム-ズに入学でけたというて、この頃行った時にお礼の手紙が来とりました。所がそこの校長さんから、こちらの校長宛に手紙が来とるのがですね特にあの英語と数学とその理科がですね、もう、普通でいうなら、大学生クラス、中学も高校も飛び抜けてから、どういう教育をしておられましたかというて、その照会がきとりました。というて田村さんとこへ来たとこういうて。
私それとこれとを頂き合わせて、矢張りその、言わば此方の学校の光を放つ、此方の先生のどういう教育をしておられただろうか、どういう指導をしておられたであろうかという、その照会が来たと云う事はです、これはもう光を放っておる訳ですね。してみると、皆さんが光を放たれると云う事はですね。何処におっても光を放つと云う事は自分の御用を頂いておる。御広前の御比礼を輝かす事であり、言い変えますと。
金光大神の比礼を輝かす事になる。天地の親神様をお現し申し上げられる事が出来るのである。夕べ何時も来るんですが、昨日高橋さんと東さんと、文男さんと三人でもう十一時頃から参って参りました。そして、又私が話してまいりましたが。もう、先生この良い事悪い事に付けて同じ事で御座いましょうけれども、特にその困った事なんか宣伝力ちゅうもんは、そりゃもう凄いという訳ですね。
私が商いに参ったあんた方、兄さんな、あの交通事故に遭いなさったげな。新聞にも何にも載っていないのに、どうして、こういう人達、が知っとるじゃろうかという位な、そのたまがる位に、その皆んなが知ってるという訳なんです。秋永先生の家内の、前の家内の兄弟今だから。文男さんが家内の姉にもなられるんです。本郷で商売をしておるその方が見舞いに来てから、金光様の帰りに、怪我さっしゃったげなちゅうて、聞いてからまあ少しは違います。
ダンプカ-と衝突して、もう自動車がもう、めちゃめちゃんなっとると云う様な事を聞いて、お見舞いに来たとこう云う訳なんですね。 そのどうでしょうかね、宣伝力というかね、本当にこれは如何にも椛目の神様の比礼を落とした様であって、これは必ず椛目の神様の比礼になると仰っとりますね。どうでも一つ、皆さんがですね、特別の信心と、特別のおかげを受けなければ、光にも比礼にもなりませんね。
国を立つ時には、何もかにも片付けてまあ、いうなら夜逃げという訳じゃないけれど、夜逃げ同様に彼方にやらして頂いたけれど、彼方で信心の光がさん然と輝かして貰うて、まあ、おかげを受けらると云う事になれば、言わば、大阪あたりの全然知らなかった人達までが知るだろうと、神様の比礼を輝かす事が出来る。それには矢張り特別の信心がでけると同時に、特別の矢張りおかげを受けねばならん。
是は吉木と言う所に、吉木もう十五年も前の話ですけれども、国武さんという人がおりました。子供さんがもう、体全身その得体の知れない瘡(かさ)が出来まして、もう何処の温泉、何処の病院に参りましたけれども、もう絶対治らんのです。それを連れてからここに参って来よりましたが。もう、本当に部屋中臭うような感じなんですよね。そこへいっとき、おんぶして来て、降ろしときますとそのへんが瘡のつんがおってからもう、本当にまあ、そんな状態でした。
とてもあんたそげんとが椛目の金光様でようなるごたるなら、もう吉木きもん皆んな参るばなちゅうて、皆がいう位に皆んなからもうそげなかさが着いて。あの時分は非常に吉木からお参りが多う御座いましたから、そういうしのと言うぐらいで御座いました、まあずっとでしたよしあきさんおんぶしてから、もうお母さんが参って参りましてからね、泣き泣き参ってきとる。もう先生こげな残念な事はありませんでした。こげな恥ずかしい思いをした事はありませんでしたと言うて、ここでサメザメと泣かれる。
どうしたのですか。小学校の一年に入学しました。まあその体の悪いまま入学したんですよね。別に腹が痛いとか足が悪いとかいうのじゃないのですから、瘡が出来とるだけですから、そいで又神様に帰りに連れて参ろうと思うてから、私は迎えに参りました。所があなたもう十四,五人ばかりの子供達が輪をかいて、その自分方の子供を取り回しとる。そしてまあ瘡はっとか瘡(くされ)とかいうて石なと投げておる。
もうそれで私はもうそん子供達をどげんして押し退けて、押し退けたじゃらもう、そのどけんしてあたしゃそこを子供をひっ抱えてからその、こっちゃん出て来てから、その来たちゃ覚えんごとして、もう今、道々その事に泣いて来たと、こういう訳なんです。母親として切ない事、苦しい事、例えば、なら本当に成功して彼方に支店でも作ってから、大阪の方へ行ったんていうのなら、私もそりゃまあ有難い事。
けどもいうならば、そうな椛目に参りよんなさったばってん、とうとういかんな引き上げなさったと、こうそげには耳には入ってこないけれども、そう云う様な誹りの声をもう聞く様な気がするです。 私は自身ね、この秋永先生の怪我でもそうなんです。本当に椛目の金光様に参って帰りじゃったげなと、それが例えば聞かんでも私、それを本当に見えたり聞こえたりする様な気がするね。押し退けて行ってから本当に自分の子供、引っ抱えてから子供と一緒に泣きたい様な気がするね。
けれども矢張りそれが、特別の信心によって、特別のおかげを頂きます時に始てそれが椛目の比礼になる。神様の御比礼になるのですね。ほう、ちょいとあげんとがようなるもんかい。そげんたつがようなるなら、椛目に誰でも参るばなといわれる位なつが、それから間もなくおかげ頂きましたですよね。もうそれこそ、すっきりおかげ頂きましたですよね。それこそ難はみかげと面を外したごと綺麗におかげ頂いた。
そん時私、頂きましたのが、富士山、お母さんが富士さんち言いよりましたが、その泣かれる時に本当にせつなかろうせつなかろうと神様にお届けさして頂きましたらね、ようお宮さんなんかに参りますと、あの鳥やら何なら取っちゃならないとか、これから先は歩いて行かにゃとか言う様な札が立っとりましょうがね。あの札(ふだ)にですね、その言わば、宣伝文句が書いてるあと云う様な知らせでしたね。
成程、あんたそげな事で、体ことでまいったって、そのもう、それがですね、ようなるもんかいと云う様な事、いうなら椛目の神様の比礼を輝かす為のそれであると云う事ね。ですから成程、笑うもんは笑うけれども、それが本当に、おかげ受けたら確かに金光様じゃなあ、さすが椛目じゃなあと云う事になるのです。だからその、笑うた人が多ければ多いだけそれが宣伝効果はあると云う事になるのですね。
文男さんが言うておりました。もう実はこげな風でおかげ頂きよると云う事を、一つ一つにですね、あのいうてその説明してやりゃほう、おかげかん知れんけれども。もう言うごとないけどまあいうならおかげ落としたと云う事に間違いないのだから、まあ敗軍の将多くを語らずと云う所でそう云う様な気持ちでおりますと、こう言う風にまあいうておりましたがですね。そこに例えは特別な信心がでけて特別な本当いうなら死ななければならない様な所を助かって、それがいう今度秋永先生の場合なんかは。
それが元で秋永先生の家の繁盛の元を作ったり、椛目のいよいよ大きな力になる為のあれであったなあと云う事がです、本当に輝かせる事が出来る様なおかげを受けた時、始めてさすがに椛目の金光様じゃないと云う事になるのですね。それには矢張り特別の信心と特別のおかげを頂かなければ、いわゆる在り来たった様な事では、矢張り在り来りの人がにんべんなら、私はぎょうにんべんと人と違った信心さして貰うてね。
特別変わったおかげを頂いてです、例えばその、吉木の国武さんなんかの場合なんかね、いわゆる、当時あの吉木から、やっぱりお参りが多御座いましたと云う様にですね。本当にそれは困った事の様であるけれども、神様の御神意というものは、何処にある分らんので御座いますから、やっぱりそこに特別のおかげを受けなければいけません。為には矢張り特別の修行を神様が求めなさる。又、特別の修行もさして貰わなけれはならない。そして特別なおかげになる。
向うの先生が、どういう教育をなさったですか、ああいうそのもうが、高校生どころじゃない、大学生級のその、英語、数学、理科だけはでけられるが、どういう教育をされましたかと云う様なです照会が来る位なおかげをですね。皆様もさっちが大阪にいかんちゅうこっちゃないですけれどもね。銘々の持ち場、立場に於いてですねどうでも一つ、信心の力を頂きましてね。
やっぱり燦然とした私、光輝く様なおかげを銘々が受けなさらなければ、神様を現す事もでけなけれは、神の比礼にもならん、本当に私の信心がもう少しでけておりゃ、これまで又何かをしなければ出来たろうもん、これまででけんもんじゃから、大阪までもやらんならんとこう思うたら、それは困った事ではない。神の比礼をあちらに光を、あちらに持たせてやるのぞというお知らせを頂いた。田村さんもその事で元気を出して元気付いてまあ、おいでられましたがです。
そこを一つ皆さんも椛目にせっかく御神縁を頂いておられますので御座いますから、椛目の比礼を現して頂く為に、そしてそれはそのまま、天地の親神様のを現す事になるね。只信心して御座るけれどもさほどに変わらんとね、人間その物は信心して御座るけれども特別などうと言うところもないと云う様な事ではなく、変って御座る、変って御座る。やっぱり変ったおかげ頂き御座ったと云う様なおかげを頂いく為に一段と信心をさして貰わならんと思うですね。
どうぞ。